長岡市(旧川口町)小高集落のシンボル薬師如来像修復

元旦に発生した能登半島地震は私達に中越震災を思い出させるものでした。

あれから二十年・・・

長岡市(旧川口町)小高集落は震災後集団移転を強いられた区域。多くのご苦労があったことと思います。その集落の皆さんの絆を繋いでいたのが村にあるお薬師様。

中越震災では薬師堂そのものが被災し、中にまつられていたお薬師様も一緒に移転してきたのです。被災直後は住民の手によって避難所で一緒に生活するなど、文字通り地区の皆様と苦楽を共にしてきたお薬師様。

住民のほとんどが移転するとなったとき、だれからでもなく、「薬師様も一緒に」という声があがり、現在の薬師堂が建立されそこに安置されておりました。

そして震災から二十年。この節目に長年の痛みが目立つようになったお薬師様たちを綺麗にしたいというご要望に「とっと」が応えさせていただく事となりました。

浦佐毘沙門・普光寺様のお経と お薬師さまとのしばしのお別れ

さて、六月三十日の大安吉日。修理のための仏像引上げの日、社長桜井はお薬師様としばしのお別れをする皆様のためにたくさんのお供物とお花を用意。裸押し合い祭りで有名な浦佐毘沙門・普光寺様から閉眼供養のお経を上げていただきました。

新聞社やテレビ局が取材に訪れ、小高集落の善男善女が見守る中、無事お経と引き揚げ作業が完了。お薬師様とはしばしのお別れです。

取材をうけた大渕伸一連絡長は「このお薬師様に毎日お参りするお年寄りもいます。その人たちのためにもお薬師様を修復して大事にしていきたい。」

また小高地区に住む角張さんは「皆とずっと一緒にいた薬師様はあって当然の存在でした。こちらに移ってからはお薬師様のお掃除などをしていたが、長年の痛みが気になっていました。是非できるかぎり綺麗にしていただきたい」

それを受けて社長桜井は「この仏像は、その昔お伊勢参りに行った村人が、火事に合いお寺から焼け出され、投げ出されていた仏像三体を不憫に思い背にしょって持ち帰ったものだそうです。地域の方達の想いの詰まったこの仏像を私達も気合をいれて修復させて頂きます!」と応えておりました。

二か月後、修復されたお薬師様とみなさんの笑顔に会えることを楽しみにしております!

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